マンション管理組合が管理費等の滞納者に出来ることは、書面、訪問による催告、内容証明の送付、債務承認書への署名など限られた方法であることをお話ししました。

債務者の経済的状況や良心によっては、債務の履行が出来ない場合には、次のステップとして法的な対応を進めることになります。

法的手段についてはいろいろなサイトが詳細な説明を行っています。

マンション管理士よりも弁護士のサイトを参考にすることをお勧めします。

当サイトでは簡単に法的手段について説明します。

1、3つの法的手段

具体的な方法は大きく3つの法的手段による督促方法があります。

いずれも裁判所を利用するため、話合いと違い拘束力があります。場合によっては相手の財産を差押えることもできます。

書類の準備(手間暇)や費用などでそれぞれにメリット、デメリットがあります。

組合単独で行うことができ、また弁護士に依頼することも出来ます。

各マンション管理組合はどの方法も選択することもできますが、民事訴訟では総会の議決が必要になります。

理事会がどの方法を選択するかを判断することになります。

そのためは各法的手段の詳細を知る必要がありますが、各方法については、いろいろなサイトで詳細は知ることができます。また、弁護士資格がない限り、実際に訴訟を体験されている方はほとんどいません。

是非、詳細を知る必要がある場合は、弁護士のホームページを見ることをお勧めします。

当サイトでは、各方法の簡単な内容を説明しますが、それ以外に各方法で注意する点を中心に説明します。

2、支払督促

法的手段の中でもっとも簡易的な方法で理事会(理事長)が単独で行うことが出来る督促方法です。

通常の裁判手続とは違い、申請書類の審査のみで行うため簡素な手続です。審理のために裁判所へ出廷する必要もなく、費用も民事訴訟の半分で済みます。

管理費等の支払い請求のような金銭について、通常の裁判手続より簡易迅速に支払いを促す方法です。債務者が支払わないと強制執行することが出来ます。(結果として強制執行を行うために必要な債務名義を得ることが出来る)

今まで理事会が行っていた督促を裁判所から行ってもらう方法と考えると分かり易いと思います。(弁護士から内容証明を送付するより効果は絶大です。)

実際の方法は次のようになります。

2-1、支払督促 ステップ1(債務名義の取得)

支払督促の最初の流れは左図に様になります。

管理組合が支払督促の申請を行うと裁判所書記官から債務者(滞納者)に「債権者があなたに支払いを求めていますが、この訴えを認めますか?異議や反論があれば2週間以内に裁判所に申立てを行ってください。」と連絡されます。(このような裁判所からの通知を送達と言います。)

債務を認める、あるいは何も返答をしない場合は、管理組合の申立ては認められ、裁判の判決と同じ効果を持ちます。

しかし、債務者が異論や反論を申立てれば通常の裁判に移行します。

仮にこのような場合には、相手も本気で戦う意志を示していると判断でき、理事会も弁護士などの準備を進めることになります。

この段階で債務者が債務を認めて簡単に支払ってくれれば良いのですが、債務は認めるが支払いたくても支払えない場合は、理事会は2つの方法を選択することになります。

その1

相手との話合いに持ち込むことです。

分割など理事会は相手の状況を踏まえ返済計画を協議の上、両者で同意をする方法です。また、任意売却(所有者が自分で売却を行うこと)を期限を決めて約束させることもできます。

その2

しかし、反論もなく債務者が話合いにも応じない、あるいは話し合いによる支払いの見通しがまったく立たないと判断すれば法的手段進めることになります。(資産の売却を強制的に行う手続きと考えてください。)


債務名義とは何?

債務者の資産を差押えるためには、債務者と債務内容を法的に認めてもらう必要があります。

債務名義を取得するためには裁判所からの証明、あるいは公正証書による書面が必要になり、これが無いと差押えの手続きができません。ただし、手続きをしても必ず差押えをする必要はなく、債権者が債務者の資産を差押ができる準備が整ったことになり、この間にも当事者同士で話合いによる解決を行うことが出来ます。

いずれにしても債務者にとっては身勝手な言い訳は通用しません。また精神的なプレッシャーは計り知れません。


2-2、支払督促 ステップ2(仮差押えの申立て)

ステップ1と手順は同じですが、仮執行の申立てを行う点に違いがあります。

先程もお話ししましたがステップ1では債務名義を取得しています。そのため、債務者の財産を処分できる権利を得ています。

そこで裁判所に「明確な債務があるにも関わらず、債務者は支払いを履行しないため、所有する財産の処分を行うことを認めて欲しい」とお願いすることになります。

この申立てでも債務者に異論や反論する権利があります。債務者が異議を申立てれば通常訴訟になります。

裁判所が認めると債務者の資産を差押えることができます。(ただし、債権者が直接差押えを行うことは出来ず、裁判所に強制執行を申請します。)

これで管理費等を回収できると思いますよね。しかし、ここで問題になることは、債務者に差押えるべき財産があるかどうかです。

2-3、債務者の資産調査

債務者の財産として動産(車)や給与、預貯金などがありますが、差押える対象は管理組合が指定する必要があります。

例えば、〇〇銀行、〇〇支店、普通口座××××と言った具合です。

しかし、このような情報を管理組合が調査することは一般的には出来ません。

債務者に支払える財産がある場合に資産調査も有効ですが、滞納者に預貯金等もない、目ぼしい動産(自動車など)もない場合には、無駄な調査になる可能性もあります。

その時は、専有部の差押えが有効になります。そのためには住んでいるマンションの権利状況を調べる必要があります。

マンションの専有部の資産調査は法務局において登記事項証明書から行うことができます。

登記事項証明書の取得は、マンション所在地の法務局、あるいはオンラインでも請求できます。(手数料は600円程度です。管理組合の管理費から支出できます。) 登記事項証明書請求者に制限はありません。理事長が行うことになります。(弁護士に頼むことも可能です。)

入手した登記事項証明書から所有者は誰か?抵当権の設定はあるか?ある場合は抵当権者が誰なのか?金額は幾ら設定されているか?を確認することが重要になります。

各項目はマンション専有部分の所有者が表題部、あるいは権利部(甲区)、抵当権の設定状況が権利部(乙区)で確認することができます。

是非、支払督促を実施する前にマンションの所有者と抵当権の設定は確認してください。

すでに人手に渡り、所有権者が異なっていれば、購入者にも滞納額を含めた支払い義務があります。

いずれにしても支払督促を行う前には相手の資産状況を確認することを覚えておきましょう。


買手に滞納債務は譲渡される?

区分所有法では、専有部分の所有者に管理費等の支払い義務があり、滞納債務も売買と同時に譲渡されますが、前所有権者(売手)に滞納債務があった場合、その債務は売買譲渡と共に無くなることはありません。

連帯債務として両者に支払いの義務があります。「売ったから知らないよ!!」は通用せず、前所有者(売手)、現所有者(買手)の両方に債務支払いを請求することができます。

ただし、注意点は前所有者(売手)の請求額は、売買時点で滞納されている債務に限ります。現所有者は購入時の債務を含めて現在までの管理費等を支払う義務があります。

一般的には両者が話合いで債務の支払者を決めることになりますが、その決定事項は管理組合の支払い請求者には一切関係しません。どちらにも請求する権利があります。

*売買契約時に管理費等の滞納がある場合の支払いでは、トラブルになるケースが多いので注意が必要です。

2-4、任意売却と競売の違い

支払督促ステップ1を実施した場合、滞納者には自己解決の方法として任意売却があります。

任意売却とは、債権者(抵当権者)の承認の元、不動産会社等を通して売却する方法です。

一般的に支払督促ステップ2まで進んでしまうと任意売却は出来ず、差押え後、裁判所が競売により売却されますが、その場合は一般的に市場価格よりも3割程度安くなるため、債務者(滞納者)にとっても良い結果につながらず、マンション等の資産を失った上に債務まで残るケースが多く、債務者は任意売却を選択する方が多くなります。

競売は裁判所が実施します。

私たち一般の人も参加することが出来ますが、競売に参加するためには入札時に保証金(裁判所が提示する売買基準価格の2割)を準備する必要があり、一定の自己資金がないと難しいですね。例えば売買基準価格(裁判所が決めた最低落札価格と考えてください。)2000万円であれば400万円です。

競売まで進むケースは、管理費等では稀です。

優良物件であればあるほど、高値で売却することができるため、任意売却ができる段階で処分される方がほとんどでしょう。

また、債権者も債務額を超える額で売却されないと損失を受けるため高値で売却されることに反対する必要もなく、任意売却を受入れます。

しかし、自己売却、あるいは競売まで進んでも管理費等の滞納金の回収が出来たことになりません。売却価格が抵当権設定価格以上でない場合には管理費等の回収ができないことになります。

そのため、抵当権設定額、ローン残高と市場で自分のマンション(間取りを除けば立地場所が同じマンションの売買価格)がどの程度で売買されているかを調べることで、支払督促を行っても管理費等の回収が出来るかどうかを事前にある程度把握することができます。

また、売買価格が低く抵当権設定額に満たない場合は、管理費等は滞納者から回収することは出来ず、購入者、あるいは落札者から回収することになります。

この際、 購入者、あるいは落札者が管理費等の債務を知らずに権利の譲渡を受けるとトラブルに発展する可能性が高くなります。これを事前に防ぐためには、売買に関与する不動産会社、あるいは裁判所に競売物件の通知しておくことが必要になります。

2-5、不動産仲介者、裁判所への事前連絡

売買取引の時には、不動産仲介業社が購入者に事前に管理費等の債務の有無を説明する義務がありますが、債務の履行を購入者に履行させるまでの権利はありません。

あくまでも「この物件には管理費の債務が〇〇〇円あります。」と説明するだけの義務になります。

そのため、購入者が「管理費の滞納は聞いてない!」と言った場合には、売買時の重要事項説明書を確認して貰いましょう。また、説明を受けていない場合は購入者は不動産仲介業者に損害賠償金を請求することができることも説明します。

いずれにしても管理費等の債務の継承は区分所有法に明記されていることであり、購入者に支払う義務があることを説得する必要があります。

これに対して競売物件では裁判所も競売物件の公告後に入札者向けに物件情報として3情報(3点セットと言われています)を提供しますが、管理費等の滞納状況まで調査されるかどうかはわかりません。

そのため、債権者(管理組合)が裁判所に情報提供を行う必要があります。

この譲歩提供を上申書と言います。

上申書には書式がありません。裁判所に「競売対象の○○○○マンション××号室には管理費等の滞納金、延滞金、総額○○〇円あります。」と提出することで3点セットの情報に加えることが出来ます。これにより入札者にも管理費等の債務があることを知らせることが出来、落札者への請求も比較的楽に行うことが出来ます。

裁判所から公開される競売物件情報は民事執行センターの物件明細書等閲覧室において売却する不動産に関する①物件明細書、②現況調査報告書、③評価書の各写しを入手することができるため、上申書を提出後、確認することもできます。

2-6、支払督促への躊躇

支払督促の内容を説明しましたが、支払督促を行い、強制執行まで実施したとしても滞納者の経済状態によっては管理費等の回収が出来ないケースがあります。特に抵当権が設定されている場合、住宅ローンの滞納者であるケースも多く、このような場合、支払督促による競売を行っても抵当権による支払いで管理費等まで回収できないことが多くなります。

手間暇をかけ、手続きを行っても回収できない可能性があることで躊躇している現実があります。

また、管理費等の滞納額が数十万程度で、ほんとうに住まいを競売する必要があるのかと考えてしまうケースもあります。その上、弁護士費用等を含めてあまりにも釣り合いが取れない場合にも躊躇してしまうようです。

結果として、内容証明までは行うがそれ以降は滞納者の意志に任せてしまうことになります。

このような事態を招かないための方法のひとつとして管理規約への弁護士費用等の明文化があります。

他にも幾つか規約に規定することで迅速な支払督促をすることができます。確認してみましょう。

2-6-1、管理規約に弁護士費用等の請求を明記する

支払督促を行う場合、管理組合(理事長)が行う場合もありますが、訴訟まで進む場合には弁護士に依頼することになります。(必ず弁護士に依頼する必要はありませんが、個人で行うにはかなり知識と費用が必要になります。)

一番気になるのが弁護士に依頼する時の費用です。

あまりにも滞納額が少額の場合、弁護士費用がその額を上回り、組合側が余計な費用を支払う結果に成りかねません。

そんな懸念があれば、なかなか弁護士に依頼することもできません。

この問題を解決する方法があります。それは管理規約に滞納者への請求費と弁護士費用の負担を明記することです。この条文が規約に記載されていれば、滞納額に請求に要した費用も併せて請求することができ、裁判でもこれを認め、弁護士費用等を支払う判決が多くなっています。

では実際、規約のどの部分をチェックすれば良いのでしょうか?確認してみましょう。

2-6-2、管理規約のチェックポイント1

標準管理規約を例に確認します。お手元に皆さんの組合管理規約を準備してください。

管理規約の目次で会計の章をチェックしてます。(標準管理規約では7節、60条に記載されています。)

★標準管理規約から抜粋

(管理費等の徴収)
第60条 管理組合は、第25条に定める管理費等及び第29条に定める使用料について、組合員が各自開設する預金口座から自動振替の方法により第62条に定める口座に受け入れることとし、当月分は前月の○日までに一括して徴収する。ただし、臨時に要する費用として特別に徴収する場合には、別に定めるところによる。
2 組合員が前項の期日までに納付すべき金額を納付しない場合には、管理組合は、その未払金額について、年利○%の遅延損害金と、違約金としての弁護士費用並びに督促及び徴収の諸費用を加算して、その組合員に対して請求することができる
3 理事長は、未納の管理費等及び使用料の請求に関して、理事会の決議により、管理組合を代表して、訴訟その他法的措置を追行することができる。
4 第2項に基づき請求した遅延損害金、弁護士費用並びに督促及び徴収の諸費用に相当する収納金は、第27条に定める費用に充当する。
5 組合員は、納付した管理費等及び使用料について、その返還請求又は分割請求をすることができない。

この一文があれば、規約に従い弁護士費用や内容証明、支払督促にかかった費用を延滞利息と併せて滞納者に請求することが認められます。(ただし、必ず認められるわけではなく、請求内容が妥当と裁判所が判断されれば認められます。)

是非、皆さんの規約に同様の趣旨の規約文章の掲載があるかを確認してください。万が一、記載がない場合は、早めに組合として管理規約の更新を検討することをお勧めします。


違約金としての意味について

滞納しても遅延損害金を加算して支払えば組合は実損はありません。その意味で遅延損害金は、もし約束通り支払われていた時と仮定した時の実費損失を相手に請求する意味になります。

これに対して弁護士費用やその他の徴収にかかった費用は、債務者が支払いを行わないことにより、債権者(管理組合)が余計な費用と時間を使い発生した実害であり、管理規約で契約した内容に違反した結果、発生します。

この約束違反に対するペナルティーとして規約に掲載します。ペナルティーと覚えておくと良いでしょう。(損害賠償とは違います。)


2-6-3、 管理規約のチェックポイント2

支払督促やこれから説明する民事訴訟、少額訴訟申立て先についても管理規約に記載されていることを確認してください。

債務者(滞納者)がマンション在住の組合員であるとは限りません。遠方に住んでいる場合、離れた場所の裁判所で審理が行われると参加するだけでも大変になります。また、万が一、弁護士に依頼する場合でも意思疎通や場合によっては出張費なども加算されることもあります。その意味でも管理規約には合意管轄裁判所について明記されていることを確認してください。

この記載があれば、皆さんの管理規約に署名、押印した組合員は指定された裁判所に申立てを行うことになります。

標準管理規約では8節、68条に記載されています。

★標準管理規約から抜粋

(合意管轄裁判所)
第68条 この規約に関する管理組合と組合員間の訴訟については、対象物件所在地を管轄する○○地方(簡易)裁判所をもって、第一審管轄裁判所とする。
2 第48条第十号に関する訴訟についても、前項と同様とする。

これについても確認してください。

2-6-4、管理規約のチェックポイント3

支払督促も含めた裁判所への法的請求は、集会(総会)の普通議決が必要になります。しかし、標準管理規約ではこれを理事会でも行うことが出来ると規定することもできるとしています。

組合員の代表者に委任することもできるとしていますが、ただし、管理規約への記載が必要になります。具体的には次のように標準管理規約5節、54条に記載されています。

★標準管理規約から抜粋

(議決事項)
第54条 理事会は、この規約に別に定めるもののほか、次の各号に掲げる事項を決議する。
一 収支決算案、事業報告案、収支予算案及び事業計画案
二 規約及び使用細則等の制定、変更又は廃止に関する案
三 長期修繕計画の作成又は変更に関する案
四 その他の総会提出議案
五 第17条に定める承認又は不承認
六 第58条第3項に定める承認又は不承認
第60条第3項に定める未納の管理費等及び使用料の請求に関する訴訟その他法的措置の追行
八 第67条に定める勧告又は指示等
九 総会から付託された事項

第60条3項に定めたのは管理費等の徴収についてです。

これについても皆さんの管理規約に規定があるかどうかを確認してください。

以上3つの管理規約のチェックポイントを示しましたが、すべてクリアーされていれば支払督促については躊躇することも少なくなるのではないでしょうか。

しかし、あくまでも最低限のチェック項目です。

3、民事訴訟

次に民事訴訟です。

民事訴訟を提訴することは最初から裁判で支払いを請求する方法です。

この方法は支払督促、あるいは、仮差押えの申立て中に滞納者が「異議」を申立てた場合と同じ普通裁判で争うことです。

このような初めから民事訴訟を行うケースは稀で、ほとんどの管理組合は支払督促を実施後に滞納者の「異議」により普通裁判に移行するようです。

管理組合が民事訴訟を行う場合は、組合全体として訴訟についての総意を得る必要があり、臨時総会、もしくは定期総会で議決権の過半数の賛成が必要になります。これについては、事前に管理規約に別途定めておくことで理事会だけの承認でも可能になることは前章で説明しました。万が一、理事会による訴追についての記載がない場合は、臨時総会等で訴訟提起について合意(普通議決)を得る必要があります。また、新たにこの内容を規約に追加する場合は規約の改定になり議決権の3/4以上の同意が必要になります。

規約に規定文が掲載されている場合でも訴訟には費用がかかります。

裁判で弁護士費用等を回収することが出来たとしても、一時的な支出は必要になります。これらの費用を予備費で賄うことは好ましくなく、訴訟を行う際には臨時予算について総会で承認を受けるべきでしょう。

このように民事訴訟を行うには事前の準備が必要になり、最初から民事訴訟により裁判を起こす組合はほとんど聞いたことがありません。また、裁判を起こす場合には、管理組合(理事長)が単独で裁判を起こすことは難しく、やはり弁護士に依頼すべきです。

3-1、滞納金額(申立て金額)により裁判所が異なる

民事訴訟は扱う裁判所は申立て金額(請求額・滞納額)により異なります。

右図に示しましたが、140万円未満は簡易裁判所、それ以上は地方裁判所になります。これ以外にも60万円以下の申立ては少額裁判がありますが、これについては次章以降で説明します。

幸いにも私が関係した管理組合では民事訴訟まで進んだ例はなく、ほとんどは、内容証明、支払督促、少額訴訟を行った段階、あるいはその過程で話合いが行われ、分割支払などにより解決しています。

ただし、土地活用プランナーとして賃料の滞納では普通裁判で争ったオーナーは多数知っています。最近では賃料の未払いは保証会社制度もあり、また、契約時の保証人もあることからオーナーが直接裁判により請求することは少なくなりましたが、賃料保証会社の担当者の話では最終的な判決が出るまでに早くて1年、3年以上を要したこともあると聞いたことがあります。

賃貸オーナーでは家賃収入の滞納は直接利益につながるため死活問題であり、裁判等により滞納金を回収することに躊躇はありませんが、マンション管理組合の管理費は、当事者感をマンション全体で共有することが出来にくく、負担は理事会、特に理事長に集中します。

一般的に専任の理事長はほとんどいません。自分の生活の空き時間を使う程度であり、義務感で行う理事長が率先して民事訴訟まで進むことを躊躇する気持ちも組合員の方であればお分かり頂けると思います。

特に民事裁判は、管理組合が単独で行うことは難しく、専任の弁護士との契約が必要になります。

裁判上の資料作成や裁判への出席、和解、調停などは弁護士に委任することはできますが、基礎資料については管理組合(理事長)が準備する必要があり弁護士に委任したとしても一定の労力は必要になります。

このようなケースでは裁判を行っていると思うだけで精神的なプレッシャーを感じてしまう理事長も少なくありません。さらに裁判が1年を超える様な場合、理事長の任期の問題も考える必要があります。

以上の理由により管理組合としては民事裁判は避けたいところでしょう。事実、民事訴訟を起こす管理組合は多くありません。

その上、必ず滞納者から回収できる保証はなく、最悪、滞納者から購入した区分所有者への請求になり、承継者次第では滞納状態は解消しないケースもあります。


弁護士の探し方についてのアドバイス

ネットで検索すればマンション管理に詳しい弁護士はすぐに見つけることができますが、弁護士の善し悪しをサイトだけで見極めることは大変難しいと思います。可能な限り管理会社や知り合いのマンション管理士に相談した上で紹介してもらうことをお勧めします。また、出来るだけ事務所が近傍の事務所を選ぶことをお勧めします。

アドバイスとしては契約前にかならず弁護士に直接会い、人柄や話し方など理事等が納得の上で決めることです。中途半端な気持ちで選ぶと後々、裁判の進め方や解決方法に不満に持つこともあります。優秀な弁護士であれ、依頼者との相性があります。この方なら任せられると思え、出来るだけこちらの要望を聞いてもらえる弁護士を選んでください。


3-2、競売は簡単ではない

訴訟で判決が下され、債務を認められても滞納者に現金による債務履行が難しい時は、専有部等の売却により債務を回収します。

しかし、この方法は簡単ではありません。

管理組合が滞納者の不動産を競売にかける場合、区分所有法では高いハードルが規定されています。

組合として滞納された管理費が組合員の「共同利益背反行為」として組合員の議決権の3/4以上の合意を得る必要があります。

この議決は規約に事前に規定することはできず、例え記載があっても無効になります。競売請求には必ず、組合員の合意が必要になることは覚えておきましょう。

*裁判所の申請時に集会の議事録が必要になります。

3-3、滞納者の破産には注意が必要

督促中や裁判中に滞納者(債務者)が自己破産を起こすケースもあります。自己破産は債務者の申請で裁判所が認められれば債務を免除する判決です。

債務者は、自己破産時に債務の詳細を裁判所に申請を行った時点で債務者に直接的な督促が出来なくなります。さらに、自己破産が認められると債務の請求先が破産管財人に移行します。あるいは債務が免責されます。

自己破産については専門のサイトで知識を習得してください。

管理組合として知りたいことは、免責された債務はどこにも請求できず泣き寝入りしなければいけないのかと言うことでしょう。ここでチェックするポイントは2つあります。

3-3-1、滞納者への直接請求はできなくなる

先程もお話ししましたが、裁判所に破産宣告の申請をした時点で債務者への請求はできなくなります。手順としては滞納者が弁護士に破産手続きの依頼をした時点で債務者へ弁護士から「破産手続き」に入った旨の通知が届きます。この時から滞納者に直接、債務の請求は出来ず、弁護士が相手になります。

破産の審議が行われている間(申請が審理され破産が決定するまで)の新たな管理費等は債務になりません。また支払義務は免責されます。

また、管財人がいる場合もその間は住み続けることが認められ、その間に新たに発生する管理費等の支払い義務が免責されます。

3-3-2、破産管財人がいる場合の破産者とは?

個人が一般的な自己破産する方は、区分所有物件もすでに売却され、そのでも支払うことができない債務(住宅ローン、カードローン、管理費等など)が多額になり、生活の維持が出来ない状況にある方です。

この場合、裁判所は破産管財人なしに破産手続き申請と同時に破産宣告を認めます。これを同時廃止と言います。

しかし、中には不動産等の財産を所有したまま、破産手続きの申請を行うケースもありますが、この場合は裁判所は破産管財人を認め、弁護士が担当します。債務者の財産を整理し、債権者に配当します。この時、必要最低限の財産以外は処分されるため、区分所有者の場合は住居の所有権は売却により処分されます。当然、貯蓄、株券、保険などもすべて解約され債権者に還元されます。(ただし、債務額の全額が返還されるわけではありません。)

特に注意すべきケースは、マンションの売却価格がローン残高を大きく下回るケースです。このような時は、財産の処分までにかなりの時間が必要になりますが、破産者(滞納者)はその間もマンションに住むことが認められ、管理費等の支払義務を免責されることです。

3-3-3、未払いの管理費等の請求

結局、破産が認められた場合、それまでの債務は免責されますが、これは破産者の債務(返済責任)が無くなっただけで管理組合が所有する債権そのものが免責されたわけではありません。

破産者が作った管理費等の債務は、新しい購入者に譲渡されます。これは区分所有法で認められていることです。

しかし、実際、滞納管理費等付き分譲中古マンションを好んで購入する人は少なく、結果として物件価格は通常より安く、売れ残りが長期間続き、区分所有者はその間もそこに住み続けることができます。

また、販売価格がローン残高を下回り管理費等が回収できないと言うケースも少なくありません。

出来るだけ早く債務を整理して、物件購入者に滞納管理費等を支払って欲しいですが、最悪の場合、競売でも落札者が現れずそのまま放置され空き家となります。このようになると回収を諦めることになります。

3-4、仮差押えで安心しない

仮差押えとは債務が履行されない場合、競売を行う権利を登記に登録することです。支払督促や訴訟の結果、裁判で債務が確定した後、裁判所に申立てすることで登記登録することができますが、これは履行する順位を登録するです。

仮差押えをすれば、権利の譲渡は制限されると理解している理事関係者の方が多いようですが、仮差押え登録を済ませた物件も、売買は可能です。わざわざ厄介な物件を購入する人が少ないだけです。

このような物件を購入する人は、不動産に価値があると判断し、付帯する負債権利を解消した上で購入しますが、築年数が長くなったマンションではまず、このようなことは起きないと考えておいて良いでしょう。

先ほどもお話ししましたが、仮差押えはあくまでも権利の順位を登録しただけです。権利の順位は登録日時(申請番号)で決定されます。ローンの抵当権がある場合は、こちらが日時が早く登録されているため、債務残高と競売価格によっては、配当金(回収できる金額)がゼロと言うこともあります。

それでも競売が成立する場合は、次の所有者がいるわけですから、その方に債務を請求することはできます。

4、少額訴訟

最後は少額訴訟です。

この方法は裁判の長期化の防ぐと費用負担の軽減を目的で設けられた制度で、マンションの管理費等の債務についても利用することが出来ます。

最大の特徴は、原則1回の審理で裁判が終了する点です。また費用も安価であり、弁護士以外の当事者(債権者)が単独で行えることです。

そのため、理事会(理事長)の負担も民事訴訟と比較すると軽減されますが、裁判であることには違いはありません。必要と思われる資料等の準備に一定の労力は必要に成ることは覚悟しましょう。

しかし、それ程、気負う必要はありません。実際、当事務所でも少額訴訟は何度も経験していますが、市区町村のサービスを利用したり、マンション管理協会、マンション管理士等を利用すれば案外と簡単にできます。

審理日に出廷する必要がありますが、金銭請求の存在そのものを争うことは稀で、ほとんどは請求額の妥当性であり、結果として分割支払等の和解で終了することが多くあります。

少額訴訟のメリットには裁判で管理費等が認められれば、その時点から10年間の時効期間がスタートします。また、和解案が成立しても時効は新規に10年間になります。その上、和解案が実施されなければ、新たに遅延損害金の請求も出来、差押えも可能です。

この制度が60万円以下に改定されて以降、マンション管理費等の滞納の解決方法の主流のひとつになっています。

少額訴訟で知っておくことは次の項目になります。

4-1、請求額は60万円以下

少額裁判は金銭請求に限定される制度です。マンション管理組合が徴収する管理費、修繕費、施設使用料も対象になりますが利用できる請求額は60万円が上限になります。(これ以上では簡易裁判所等の民事裁判になります。)

全国平均の管理費が2万円程度ですから、修繕積立費と併せて月額3万円としても15カ月程度までの債務額であれば民事訴訟を起こすよりは簡単に行えます。(大規模マンションでは月額5万円程度と考えると1年では上限額を超えてしまいます。)

注意としては少額訴訟の請求額は、違約金や遅延金の総額が60万円以下であることです。そのため、滞納金+違約金(弁護士費用等)+遅延賠償金(利子)の合計額を考慮する必要があります。少額訴訟の費用も違約金に含めることになります。

支払督促などをせずに、内容証明後に直ちに少額訴訟に移行すると考えると半年後から準備をすべきでしょう。

また、少額訴訟は同じ裁判所に申請できる回数が1年間で10回に限られますが、この制限は組合内で1年間に、一定期間滞納する組合員が10件以上発生する場合の相当します。現実としては想定する必要はないでしょう。

4-2、原則、1回審理で結審

少額訴訟の特徴のひとつである原則、1回審理で判決が出る点です。

滞納者(債務者は)に言い訳があっても期間が伸びる心配はありません。当然、滞納者に異論がある場合は普通裁判で争くことになるのは、支払督促と変わりはありません。

そのことで管理組合も少額訴訟に二の足を踏む方もいますが、支払督促、少額訴訟でも滞納者が思う正当な理由(言い分)があれば、遅かれ早かれ普通裁判で争う結果に成ります。

滞納者に負い目、あるいは引け目があれば、相手は無駄な裁判に進むことはできないでしょう。それでも争うならば時間稼ぎ、嫌がらせでしょう。滞納者がどのような理屈を述べても、管理規約に記名、押印している段階で区分所有法の支払い義務があり、私情的なクレームで支払わないことが裁判の場で認められるかどうかは当事者も判っているでしょう。また、普通裁判(民事裁判)になれば弁護士も必要になります。余程の弁護士でない限り裁判で勝てる見込みがないことも債務者に説明することでしょう。

4-3、弁護士なしでもできる

裁判と聞くとどうしても尻込みをしてしまう理事長が多くいますが、訴状の書き方はネットで調べればある程度わかります。

また、基本的な部分を作成した後に、市区町村が実施している弁護士の無料相談(30分程度の相談は無料)や各弁護士団体が1回に限り無料で相談を受けてくれることもあります。

所在する地域のホームページで調べ、相談することです。

少額訴訟に必要な書類は、「訴状」と訴状内容を証明する「証拠」です。

訴訟の書き方

訴状の書き方については裁判所が例を示しています。(⇒裁判所のホームページ 賃金訴訟記入例

かなり細かな説明文付きです。またウェブサイトではエクセルで書式を公開しているサイトもあります。

証拠

次に証拠ですが、管理費等の支払い義務は各マンションの規約の原本が証拠になります。

また、滞納していることの証明は内容証明で請求額をしっかり滞納者に請求している事実があれば足ります。

また、滞納者へ督促行為を証明するため、月次理事会報告書に滞納者への請求行為の記録を残すことも重要な証拠になります。(裁判で請求する必要性を訴えるためには督促行為は重要になります。)

それ以外に不明な点があれば裁判所に聞けば教えてくれます。事務官が質問に答えてくれます。(親切かどうかはわかりませんよ。私見ですがとにかく事務的に的確に教えてくれます。)

無料で利用できるサービスは、弁護士であろうと何であろうと利用してください。

特に利用すべき制度は自治体が開催するマンション管理士や弁護士への無料相談です。

また、マンション管理センターから「滞納管理費等の法的対応マニュアル」が出版されています。2,000円程度です。

管理組合の蔵書として購入しておくことも良いと思います。

4-4、必要経費

少額訴訟に必要な経費は、幾つかあります。

4-4-1、収入印紙代

裁判費用です。現金ではなく収入印紙で支払います。請求額が60万円でも印紙代は6,000円です。十万円単位で1,000円ずつ安くなります。

実は民事裁判と手数料は同額です。しかし、弁護士費用が必要ない分だけ安く済みます。

4-4-2、切手代

債務者に送達(裁判の告知文)などを送る切手代金です。裁判が確定した時の判決文などの送料も先払します。

切手代金は所在する裁判所で多少、変わるようですが、実費以外は後日返却されるので安心です。

一般的ですが最大で5,000円程度でしょう。

4-4-3、理事長の日当

裁判を起こすためにそれなりの準備は必要になります。管理会社やマンション管理士と契約している場合は、出来限り利用することにします。特に証拠資料はほとんどは管理会社が管理しています。資料を添付する時などは資料の準備は依頼します。

訴状の提出や裁判当日は、理事長が行います。(弁護士に依頼する時は委任することが出来ます。)理事長には会社を休む等のお願いをすることになります。当然、管理組合は日当、交通費を支払うべきでしょう。

防災担当者が講習を受ける時も日当を支払いますよね。あれと同じです。

4-4-4、その他(弁護士等への相談料)

基本は出来るだけ、無料のサービスを利用します。

潤沢な管理費等があって、組合としても弁護士にすべて委任することが合意できる場合は弁護士に依頼することも良いでしょう。

ただし、違約金が全額認められるかどうかは申立て前では不明です。認められるケースが増えているとは言われていますが、認められないケースもあるのも事実です。最初から弁護士費用も回収できるから大丈夫と判断するのは辞めておくべきです。

先ほども書きましたが、無料で利用できる公共機関はそれなりにあります。最初から他人任せにせずにある程度は自分で調べてみることも必要です。

4-5、少額訴訟の方法をマニュアル化

一度、少額訴訟を行った経験がある管理組合は、滞納に対して一定のノウハウを所有することが出来ます。

実際、少額訴訟を行ったマンション管理組合は、行動力があると他の組合員は判断します。

これは真面目に支払っている組合員が抱く不公平感を解消にもつながります。

また、管理費等の滞納が裁判になるとわかれば、組合員の日常生活にも管理費等の重要性は自然と認識されるでしょう。

ただ、ひとつ心配なことは、理事長が一定期間で交代する制度です。

滞納の解決に意欲的な方が理事長になれば良いですが、その意志があまりない方が就任した場合や経験した理事長が引越しなどで組合員でなくなることもあり得ます。そうなると折角のノウハウが無駄になり、また一から調査する事態を招きます。

そこで、誰が理事長が就任しても管理費等の滞納が一定期間以内に解決しない場合は、少額訴訟で解決することを組合として決め、煩雑になりやすい各訴訟手順をマニュアル化することが重要になります。

少額訴訟で管理費等の滞納を解決した組合でよく聞くのが訴訟文章や判決文は残しているが訴訟に至るまでの過程が不明であるため、結局、当事者(理事長)が一から調べることから始めたことです。

人の記憶はそれ程正確ではありません。

ぜひ、経験の詳細を記録として残し、次回以降に誰がなっても事務的な作業として利用できる状態にすることが組合の財産になります。

マニュアル作成は少額訴訟に関係した理事達が作成することが重要ですがそれ以外にも管理会社に依頼することも検討できます。

別途費用は発生しますが少額訴訟の経験はどの管理会社があるはずです。

担当の管理業務主任者に経験がなくても一人や二人ぐらいは社内に経験者がいるはずです。また、短期でマンション管理士と顧問契約を行い、作成を依頼することも良いでしょう。

4-6、他の組合員への影響が大きい

長期な滞納者の存在は、他の組合員への公平性を失わせ、滞納者の増加につながる傾向があることは良く言われます。

同様に滞納への毅然とした対応方法が決まった場合には滞納者を減少する効果があります。

管理組合として滞納者への対応方法の合意が得られるとマンション全体での管理費や修繕積立金、また施設使用料への意識は大きく変わります。

滞納者の多くは、公共料金、ローン返済や携帯代は家計の中でも重要な支払いと考えますが、これに対して管理費等は実害を感じにくくどうしても意識として重要性を認識しずらい傾向があり、結果として家計が窮した時に安易に未払いを選択します。

また、管理組合は強い督促行為は実施できないと高を括っている場合もあります。

しかし、一定期間の滞納がすぐに裁判に移行され解決する方法が決まっていれば、滞納者は裁判沙汰になり、最悪、マンションそのものの所有権を失うことにつながる可能性があると認識させることが出来、安易な滞納行為に抑止力が働きます。

実際、管理費等の滞納を裁判で解決した組合では、一定期間、滞納者が減ることは経験があります。

この効果も一定期間はありますが、記憶が薄れるにつれ、効果は減少しますが、マンション管理組合として督促、少額訴訟等の手順を合意の上、マニュアル化すれば、抑止効果を継続することができます。

また、組合員も自身が滞納者になることは考えていません。

しかし、滞納は社会情勢や突然の病気、高齢化など多くの要因でわが身に降りかかるかわかりません。その意味でも滞納者への対応方法が確立していれば、マンション管理組合の運営への安心感を得ることも出来るでしょう。

これは大規模修繕等の財産の維持、保管にも同様の安心感を提供することになります。

5、先取特権

マンション管理組合には支払督促等などの法的手段を行わなくても管理費等の債務を回収する権利があります。

この場合、債務名義は必要ありません。(この違いは覚えておきましょう)

未払いの管理費等は管理組合に対する負債であり、債権者は管理組合になります。当事者が支払う意志がないと判断(支払い能力がない場合を含む)すれば金額に関わらず物件の売買等(動産も含みます)により補填することが法律上は認めています。これを先取特権と言います。

先取特権は非常に有効的な権利ですが行使には幾つかのハードルがあります。

5-1、抵当権よりは権利が降順

先取特権は優先順位が高く、個人同士の賃借契約等の権利よりも先に回収できる権利を持っていますが、すでに抵当権の設定がされた権利には優先されません。

多くの組合員は購入物件に金融機関の抵当設定がされ登記登録も終了していることが一般的です。このような場合、抵当権より先に権利を行使することはできません。(抵当権の登記がなければ優先して回収することができます。)

そのため、ローン残高と売却・競売価格の差額によっては、回収が出来ない場合があります。

5-2、債務者の承認が必要

先取特権は債務者が裁判所に申立てを行うだけで認められ、抵当権のような登記登録をする必要もありません。

しかし、多くの場合は先取特権を行使するためには債務者に差押えを承認することの証明が必要になります。

理事会単独で行うには負担が多く、弁護士にお願いすることが一般的でしょう。ただし、メリットはあります。

債務者が破産等を宣言しても国税等の税金は免除対象になりませんが、管理費等の滞納金もこれと同様の扱いを受けることが出来ます。

また、管理費等の滞納額のすべてを回収できなかった場合には、次の物件購入者に残金を請求する権利があります。

このような強い権利を有していることも覚えておきましょう。


先取特権について

先取特権は3つに大きく分類されます。管理費等の先取特権は「一般の先取特権」に分類されます。

「一般の先取特権」は4つの分類があって、管理費等の債務はその中でも優先順がもっとも高い「共益の費用」になります。

「一般の先取特権」では回収できる資産の対象が債務者の総資産になります。

「一般の先取特権」の他には「動産を回収する特定の先取特権」「不動産を回収する特定の先取特権」がありますが、それぞれに行使できる人を限定しています。(それぐらい強い権利になります。)



6、滞納者への適切な対応とは何か?

この章では、マンション管理組合が管理費等の滞納を法的に解決する代表的な方法について説明しました。

一通り読んだ方であれば、「どの方法も面倒だな~」と思われたと思います。

実際、管理費等の滞納金の回収は非常に手間がかかり厄介な案件です。

法的措置を実施することで資産を有する人や家計改善の可能性がある人から回収ができることはわかりましたが、残念ながら経済的な困窮により住宅の売却や競売をされるようなケースでは、滞納者からの直接回収あるいは、競売後の配当金による回収が主流です。

その上、抵当権設定額(ローン残高)によっては当事者から管理費等の回収ができず、売却相手から回収することになります。

売却先が見つかれば良いですが、マンションの資産価値によっては競売によっても売却できず、滞納管理費等の回収の目途が立たない可能性もあります。(市場流通性がない場合、次の所有者が現れず、放置状態になる。)

このような傾向は、近年、高齢者を中心に増加しています。

このような環境はマンション管理組合にとっては大きな課題になります。

マンションはいずれ老朽化します。同時に組合員の構成年齢も高齢化は避けられず、特に年金が収入の大半になると老朽化に伴う多額な改修費用を支払うことができなくなります。

結果として管理費等を支払うことが出来ず、監理組合の運営を圧迫します。

更に滞納者になるリスクは高齢化に伴いアップしますが、若い世代でもリスクがゼロではなく、社会情勢、経済状況、健康問題によってどの世帯にも起こり得ることを忘れてはいけません。

各組合員は誰も自身が滞納者になると思ってはいません。

同じぐらいに滞納者は迷惑な存在だとも感じていますが、長く同じマンションで生活する者として出来るだけ穏便に解決したいと思う気持ちも理解できます。

しかし、何よりも優先されるべきは、皆さんの良好な活環境の維持であり資産価値の維持です。

そのためには、マンション管理組合として2つのポイントを踏まえた準備が必要になります。

6-1、滞納事務的処理方法の合意

一つ目は、滞納者へ督促や法的措置に明確な基準がなく、理事会が滞納問題が発生した時にその都度、対応を強いられている点です。

滞納はいつ発生するかわかりません。

また、その時に就任している理事等の考え方や生活環境、資質によって対応にばらつきがでます。

この問題を解決するためには滞納のマニュアルを事務的に明文化する。

これにより誰が理事長に就任しても同じ対応ができます。(心情的な要素を排除することが重要)

また、組合員への管理費への意識改革を促し、滞納者への対応の不満を無くすことができます。(滞納=負の存在を意識させる)

これにより管理組合運営の将来への不安を解消することが出来、併せて適切な修繕を行う資金力を持つことでマンションの不動産価値の低下を防止することにもつながります。(万が一の任意売却や競売時にも買手が見つかり易い)

具体的には使用細則(滞納者への対応細則)を総会の普通議決で承認します。

6-2、マンション全体で取り込む姿勢をつくる

もうひとつが滞納者を生まない土壌作りです。

これまでの経験で、管理費等の滞納が顕著化した時には債務者が自ら家計の立て直しを行うには時期が遅い現実があります。

何度も記載しましたが管理費等は日々の生活には実害の少ない必要費です。

そのため、管理費等の支払が遅れる時にはすでに家計がかなり悪くなっているケースが多く、すでにローンの返済や公共料金の滞納も進んでいると言うことです。

また、家計が圧迫すると俯瞰(ふかん)で状況把握をする能力が著しく停滞し、思考が停止しやすい傾向にあります。

このような状況を組合が把握することはできません。

また他人の生活環境を知られることも良しとしない方がほとんどでしょう。

しかし、もう少し早めに会計の見直しを行っていれば助けられたケースをたくさん経験しています。

そこで提案として、マンション管理組合として組合員の生活サポートを行う環境を日常に取入れることです。

管理会社もマンション管理士も組合運営の知識は豊富であり、滞納への対処も知識、経験もありますが、個人の家計の改善には無力です。

滞納になりそうな状態、あるいは近い将来への不安がある場合に、気軽に相談できる機会を定期的に提供するサービスを管理組合内に設置します。

具体的にはファイナンシャルプランナー(最低限AFP、CFP、1級資格者:以下FPと略)に定期で相談会の開催を依頼します。

FPは皆さんの生活に関わる相談を受ける国家資格所有者になります。

コロナ流行以前は、いろいろな場所で無料相談会などが開催されていましたが、コロナ禍では対面が出来ず、ネットで相談を受ける方法が主流になっていますが、このような状況もいずれは解消されるでしょう。

問題は開催に関する費用の発生ですが、皆さんは意外に思われるかもしれませんが出張で相談を初回無料で実施するFP事務所は相当数あります。(事務所が近所である場合、営業活動の一環として実施されるケースが多く、FP事務所も顧客を探すことに苦労している面があります。)

そのため、半年に1回程度あれば場所を提供するだけで、無料で開催することができます。

しかし、家計の問題をマンションの共用部で相談するのも他人の目が気になることも事実です。会議室等の個室がある管理組合であれば良いでしょうが、その場合は、予約制を導入することもできるでしょう。

もちろん、財政的に余裕がある組合が顧問契約を締結することも出来ますが、相談の実施は個々の組合員の判断に任せ、実費とすることが一般的でしょう。

開催方法は別にして重要なことは、家計がひっ迫して管理費の滞納に陥る前に相談できる機会を提供する環境づくりになります。

この仕組みを導入することは、すべての組合員に年金、相続、教育、保険、老後資金など様々な疑問や問題の解消の機会を提供することにもなり、生活への安心感にプラスの効果を生みます。

また、不動産会社に相談会を持ち掛ければ不動産の売買や賃貸物件への変更、リバースモーゲージなどの相談もできます。

このような相談機会を組合として準備することで滞納者を生み出すリスクを少なくすることが出来ます。

FP資格者を始めとする国家資格者は個人情報保護の義務があり、個人レベルの情報確保の担保はできます。

このような催物は、管理会社に依頼することもできます。(委託契約中の理事会の運営、企画、調整に含まれると考えられます。)

6-3、最後は毅然とした態度で臨む姿勢が重要

この章の最後に滞納者へ対する姿勢についてもう一度お話しします。

滞納を法的措置により解決するためには、滞納者の資産を把握することが重要であり、これを把握できればある程度、解決の目途や法的な対方法も見極まることができることは説明しました。

特に抵当権が設定され、ローン残高が多い場合には滞納者からの回収は難しく、所有権継承者に請求する以外に解決方法がないこともご理解頂けていると思います。

この場合でも築年数が古く、資産価値が乏しいマンションでは売却も出来ず、所有権継承者も期待できません。

抵当権の設定の有無は登記や売買価格の相場はサイト等で調べることもできますが、ローン残高を知ることはできません。その結果、法的措置を効率的に活用できる相手なのかを見極まることは難しく、法的措置が上手く利用できない結果につながります。

他方、管理費等の債務は区分所有法で所有権譲渡者に承継され、滞納債務の権利が消失する心配はありません。そのことが「いずれは回収できるから大丈夫!」と理事長や組合員が安易な妥協をする結果になっているケースもあります。

繰返しになりますが、管理費等の滞納は額の大小によらず、皆さんの快適な生活環境の運営、維持に決してプラスにはならず、不動産資産の保全にも大きな負の影響を与え、結果として皆さんの負担額を増やす結果になります。

そのことを肝に銘じて毅然とした態度で臨むことが重要になります。


次章では、理事会として滞納者の発生を防ぐ対策と発生した時の対処方法を説明します。

⇒ 3章 滞納者(債務不履行者)への法的手段に続く

目次

1章 管理費等の滞納者とは

2章 滞納者(債務不履行者)への督促

3章 滞納者(債務不履行者)への法的手段

4章 マンション管理組合の滞納への準備

5章 少額訴訟の実施方法と有効性

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