この章では要除却認定の対象となる火災時の安全性について説明します。
避難経路の消防法への不適格は、前章で説明した外壁等の周辺への危害とは事情がかなり異なります。火災時の安全性は消防法で規定されていますが、これは改正により変更された点が多く、改正時にすでに建築されたマンションは、改築や改修時に対応する努力目標になっています。(参考に今回対象になった建築基準法の改正内容を示します 。)
改正年度 | 2021年時点 の築年数 | 改正内容 | 備考 |
1956年 | 築65年以上 | 外塀へのスパンドレルの設置 避難階段に通じる直通階段の設置 | 外壁の広範囲の修繕 直通階段を追加する必要がある |
1959年 | 築62年以上 | 耐火建築物又は簡易耐火建築物の義務化 3階以上のもの、2階が床面積300㎡以上のもの 3階以上の建築物の防火被覆(鉄骨造等) 面積区画に耐火建築物の500㎡区画を追加 | 外壁の広範囲の修繕 建築内装の柱全体を処理するのは難しい 床や壁が耐火構造でない木造等は改修が難しい |
1964年 | 築57年以上 | 15階以上に通じる避難階段を特別避難階段に進化 | 避難階段を全面的に作り直す必要がある |
1969年 | 築52年以上 | 竪穴区画の制定 2以上の直通階段に係る重複距離の制限 | 階段や吹き抜けが防火区画でない場合、大修繕が必要 |
1970年 | 築51年以上 | 非常用昇降機の設置 非常用侵入口の確保 | 侵入部を設ける部分が外壁に無い場合は困難 |
1973年 | 築48年以上 | 2以上の直通階段が必要な建築物の適用拡大 (6階以上は面積に関わらず必要) | 避難上有効なバルコニー、野外避難階段がない場合 大規模修繕 |
1998年 | 築32年以上 | 単体既定の性能規定化 法第38条に基づく大臣認定の廃止 | 大臣認定を受けた構造方法を用いている場合、 再認定が必要 |
いずれも築年数がかなり経ってる高経年マンションが対象になります。対象のマンションの中には建替えを実施済みのマンションもあります。
一般的にこのような建物を既存不適格建築物と言いますが、マンション計画時の建築確認では問題として指摘されていなかったわけですから仕方ないことです。
また、国土交通省も躯体の構造的問題であり、大規模修繕工事でも改善はできないと考えています。そのため、今回の制度は、高経年マンションの建替えや敷地売却を円滑に進めるために国や自治体が資金支援も含めた援助を行う体制を整えた制度です。
しかし、火災時の住民の生命に関わる問題です。
管理組合として火災時に出来ることはないかマンション全体で検討しておくことは重要です。
特に火災時に重要な避難について知っておくことはとても大切です。要除却認定の適用を検討する前に火災について知識を得ることにしましょう。
1、耐火構造を理解する
火災が発生した時に一番重要なことは生命の確保です。そのためには建物から出来るだけ早く安全に逃げることが重要です。
そこで法律では建物内で火災が発生した時に出来るだけ火の回りを遅くすることに重点が置かれています。
その一つが耐火構造です。耐火構造とは建物の主要構造部(柱、梁、床、屋根、壁、階段など)に耐火性能のある材質を用いることです。これにより、火災の広がりを抑え、建物自体の倒壊を遅らせ避難の時間を稼ぐことが出来ます。
マンションの躯体の多くはRC構造(鉄筋コンクリート)であり、コンクリートと鉄筋が主要材料でいずれも耐火性能があります。それぞれの部分に1~3時間の耐熱性能が規定されています。(銃耐火構造を含む)
細かな数値は皆さんが理解する必要はありませんが、建物自体の倒壊は1時間は大丈夫と覚えておけば良いでしょう。1時間以内であれば消防署から消防人員が到着し消火作業が行われます。
耐火建築物の規制は1959年に施行されています。そのため、それ以前に建てられたマンションでは基準を満たしていない可能性があります。
しかし、主要構造を改修することは建替えに等しい作業が必要になり、事実上不可能です。
このようなマンションの住民の今後の選択肢は建替えや敷地売却に限られますが、築年数65年以上から住民の年齢層を考えるとマンション購入者の子供世代の可能性が大きいと思われます。また、すでに住宅ローンの返済も終了しており、次の世代のことを考えると建替えや売却による買換えも検討できるのではと思われます。
とは言え簡単に建替えや敷地売却が出来るわけではありません。それぞれの家庭の事情もあり、資金的に難しい方もいます。
では、管理組合として火災時を想定して何が出来るかを考えて備えることは非常に重要なことがご理解頂けたとも思います。
2、避難経路の基本的な知識
現在の建築基準法では避難経路は二方向避難を原則としています。これは避難できる経路が各専有部から2つ以上確保されていると言う意味です。
現在では専有部にベランダがあることが一般的です。二方向とは専有部の玄関とベランダからの避難の二方向を示しています。ベランダの場合は隣の専有部との境に仕切り板が設置され、緊急時には簡単に壊れ通路として使用できます。隣接しない単独のベランダの場合、下層階に避難梯子が設置されているはずです。

この様に専有部にいる人が避難する時に2つ以上の避難経路があることが現在の基準です。
各階の専有部は共用廊下でつながっています。共用廊下から避難階段(日常的に使用する階段でも良い)に直通で連結されていることが必要です。
皆さんが日常使用している共用廊下は火災時には避難経路になります。建築基準法、消防法では廊下は安全と規定しています。そのため、避難路である廊下に専有部から2か所以上の経路があれば規定を満たしていると判断します。
二方向とは2か所の避難階段があると言う意味ではないことは覚えて覚えておいてください。
耐火構造で1時間程度の時間的余裕と併せて複数の避難経路の確保により住民の安全を確保します。
3、火災時の初期行動
なぜ、このように避難経路について細かな規定が定められているかを知るためには火災発生時の初期行動にあります。

火災が発生した場合の住民の初期行動は、周辺への警報(火事だと知らせること、119番で通報すること)、次に求められる行動が安全に危険の場所まで避難することです。
ただし初期消火で火災の状況(消火器等の配置やその時の人員など)によっては消火を行いますが、炎の大きさ、強さによっては無理せず避難を優先します。概ね自分背丈以上の炎が出ている場合は避難を優先するようにします。
また、室内に火が回り、逃げ遅れた時でも安全に避難できるように別の個所から避難が可能な2経路避難経路を準備することが義務化されています。

耐火構造が現在の基準を満たしていないマンション管理組合ではこの点を重視する必要があります。
住民が高齢者であることを踏まえ火災発生時の避難に介助等の補助が必要な方々を把握、その上で周辺住民への対応を含めた避難計画の立案、および避難訓練が必要になります。
車椅子等の介護補助が必要な場合には避難経路を事前に確認する必要があります。
マンション管理では基本になりますが区分所有者名簿、賃借人名簿以外に住民名簿も準備することで避難後の逃げ遅れを防止することも出来ます。
耐火構造に問題があれば火災時の火の回りが現在の基準より早く起こる可能性があることを考慮した避難計画は必須と言えます。
3、避難経路の日々の管理
避難経路は専用の経路が準備されているわけではありません。日々の生活で使用する共用廊下や共用階段が経路に使用されます。日々の生活で避難経路上の障害物は、火災時に避難を妨げる最大の障害になります。
そのため、日頃から避難経路の管理が重要です。
配置 | 幅規定 |
片側配置 | 1.2m以上 |
両側配置 | 1.6m以上 |
室内階段 | 75㎝以上 |
外階段 | 90㎝以上 |
避難経路に使用する廊下、階段にはそれぞれ幅の規格が定められています。片側配置は廊下の片方にしか専有部が無い場合、両側配置は廊下を挟んで対面で専有部がある場合です。
これ以外にも廊下、階段の材質は不燃性、階段についても開口部(窓など)の設置義務が建築基準法で定められています。
築60年を過ぎたマンションでもこの規格は満たしていると思います。
しかし、構造上規格を満たしていても廊下に私物等が放置されているとせっかく定めた規格が守られていないことになります。特に居住年数が長くなると規約等の規律も風化してしまうこともあります。
理事会等の管理運営機関は、日々、避難経路の障害物には注意を払う必要があります。
また、ベランダが避難経路にあること、避難梯子の上に物を置く行為が災害時に人命に関わることを住民に周知徹底することも重要です。
4、それ以外にも各自が出来ること
避難経路の確保以外にも各家庭で出来る火災時への準備があります。耐火構造が重要な理由のひとつに火の広がりを抑え、避難時間を稼ぐことにありました。
火災の発生現場になりやすいのは共用部ではなく、皆さんの専有部です。専有部内の部材材質についても建築基準法で不燃材、難燃材が規定されています。室内の壁紙、天井材についてはそれぞれに細かな規定があります。
壁については床面上1.2m以下を除く難燃性以上、天井については難燃性以上の材料が使われることが規定されています。
専有部のリフォーム等を行っていれば業者は規定の材料を使用しています。築年数を考慮するリフォームを行っているご家庭が多いのではないでしょうか。
また、火災発生時に警報を鳴らす火災報知器は現在のマンションは自動火災報知機が設置されていますが、古いマンションでは個々のマンションで事情が異なっているはずです。管理組合は自動火災報知機が設置されていない場合、各区分所有者に専有部の居室ごとに火災報知器の設置を指示すべきです。これは組合の修繕費で全館で行うことも総会で承認を受ければ可能です。
一般的にマンション内では石油ストーブの使用や灯油の貯蔵は規約で禁止している組合が多いようですが、特に日常火を使う台所などには火災報知器を設置すべきです。
これ以外にも通常高さ31mを超えるマンションで義務化されているカーテン類を防火カーテンにする義務がありますが、この規定も取入れ火災発生時の火の広がりを抑える工夫をすることが大事になります。
マンション共用部には一定間隔ごとに消火器の設置が義務化されていますが、消火器は一定期間ごとの交換が必要になります。ほとんどの消火器は未使用のまま交換されますが、交換をせずにいるといざ必要な時に本来の消火力を発揮できない場合があります。一定期間ごとの交換費を組合として予算化されていることを確認しておきましょう。
また、避難訓練時には地域の消防署から専門家を招き、知識を高める等の努力を行うべきでしょう。
このように耐火構造が現在の建築基準法を満たしていなくてもそのことを理解した上で、火災対策を実施することが重要になります。
5、建替え、敷地売却を後押しする制度
現在の建築基準法に適合できないマンションの火災安全性について説明しましたが、今回の改正では建替えや敷地売却の支援の対象に火災安全性が追加されました。
建替えについては従来の「マンション建替円滑化法」を利用することが出来ましたが、敷地売却については民法の規定で所有者全員の合意が必要でしたが、高齢者が多くなったマンションでは所有者が不明、あるいは所有者の所在が不明なケースが多く、全員の合意に至らない問題点がありました。
また、空家や賃貸利用も一定割合あるケースが多く、全員合意は難しいのが現実です。
そこで今回の改正では組合員の敷地利用権等の4/5以上の合意で敷地売却事業を決定することができることになりました。
高齢者が多いマンションが建替えを実施するには新たな住宅ローンを組み必要があり、年齢的に親子リレーローンなどを検討する必要がありますが、子供たちもそれぞれに独立されている方が多いのではないでしょうか。その上、相続として現在住んでいるマンションの価値がどの程度になるかも大きく関わることでしょう。立地条件が良く高値で土地の売却が可能であれば老後資金に加えることで豊かな老後生活を送ることも可能になるかもしれません。
慣れ親しんだ家を離れることには抵抗感がある方も多くいますが、ご近所に手ごろな賃貸物件があれば検討される価値はあると思います。
特に団地のような広い土地を所有しているマンション管理組合は敷地の一区画を売却する方法が考えられます。国土交通省も今回の改正で敷地一部売却事業を認める改正を行いました。これにより売却資金を基に他の区画を順番に建替える方法にも可能性をもともることができました。
このように耐火基準を満たさない築年数が長い高経年マンションを建替え、売却することが進み、土地の再生を推進する施策が実施されました。
6、相続財産として考える
高齢になると子供たちに少しでも財産を残したいと考えます。高経年マンションの財産価値は土地です。例外的に立地条件や遺産的な建物のような付加価値が付くマンションもありますが、ほとんどは土地の価格が評価額になります。
FP(ファイナンシャルプランナー)資格を持っていますが、マンションの住民の方から相続について相談を受けることが良くありますが、子供たちが親のマンションを相続することに難色を示すケースがあります。
相続人自身がすでに自宅を所有しており、親のマンションが不動産的な価値が希薄で賃貸物件としてもあまり魅力がない場合です。費用をかけてリフォームを行い、賃貸物件として活用を考えても借手が付かないような物件では相続する側にもメリットがないと判断します。その上、相続税、更に毎年の固定資産税、都市計画税は負担になる場合も多く、他に現金や證券などの資産がないと相続放棄を選択するケースがあります。
皆さんが所有するマンションがこのようなケースに当てはまるかはわかりませんが、このようなケースでは不動産の所有権は相続管財人に引継がれ所有者が不明になり、後々、空家問題、組合員の人数不足など管理組合に迷惑をかけることになります。実際、このようなケースは増加傾向にあると言われています。
相続人であるお子さんたちが皆さんの(親)の財産をどのように考えているか確認したことはあるでしょうか。一度きちんと話合いの場を設け、その上で現在の住まいの今後を考えることも必要なのではないでしょうか。
7、相談からはじめる
耐火基準が現行法に満たないマンションは、火災への対策は他のマンション以上に大切であること、高経年マンションは老後の住処にはなりますが、その後に負の遺産になる可能性を含んでいることをお話ししました。
国も次世代へのマンションの継続の観点から再生(建替え、敷地売却)の道すじを円滑に行える法制度を整えました。

とは言え、皆さん一人だけの力ではマンション全体の将来を決定することはできません。
個々のご家庭にも事情があり、それを踏まえたマンションの将来を描く必要があります。
あれこれ考えるよりもまずは、皆さんの個人の事情に道筋を立てた上で、組合全体として総意を決定する必要があります。
簡単な作業ではありません。老後のことを描けるアドバイスができる専門家、その上でマンション全体の合意形成が出来る専門家が必要になりますが、大変だ、大変だと騒いだところで何も進みません。
まずは、それぞれの心配事をひとつずつ解決することが大切です。
そのためにはFP等の家計・相続・年金知識を持つ専門家、また自身の不動産を利用する観点かた土地活用プランナー等などの不動産資産に詳しい専門家、マンション全体としてはマンション管理士等の専門家が考えられます。
ひとりであれこれ悩んでいても仕方ありません。まずは家族でお住いのマンションの将来を相続としてどのようにするか考えることから初めて見てはいかがでしょうか。
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